性源院跡(読み)しようげんいんあと

日本歴史地名大系 「性源院跡」の解説

性源院跡
しようげんいんあと

[現在地名]高野町高野山

金剛三昧こんごうさんまい院多宝塔の南に隣接してあったが、現存しない。学侶方中通の一院で、本尊阿弥陀如来であった。はじめ理趣りしゆ院と号したが、貞享年間(一六八四―八八)檀主であった備後三次藩主浅野長照室の逆修法号によって性源院と改称

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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