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恵空 えくう

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美術人名辞典の解説

恵空

江戸初・中期の浄土真宗の僧。近江生。字は得岸、俗姓は川那辺、号に光遠房・秀光堂。諡号は光遠院。初め比叡山で天台を修めたが、誓源寺で真宗を学び、その後本山に出仕。請われて京都西福寺に入る。仏典の研究を重ね、大谷大学の起源である大学寮の創立に尽力、初代講師となった。『叢林集』等著作多数。享保6年(1721)歿、78才。

出典|(株)思文閣
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朝日日本歴史人物事典の解説

恵空

没年:享保6.12.8(1722.1.24)
生年:正保1.5.15(1644.6.19)
江戸前期の真宗の僧。近世東本願寺学事の創始者で,学寮初代講師として有名。近江国(滋賀県)善立寺信空と妙善の子。字は得岸。天台宗の学問を志し,寛文1(1661)年比叡山にのぼるが,真宗への因縁を感じて山をおり,河内国(大阪府)光徳寺で法務の傍ら修学する。同9年ごろに高木宗賢の援助を得て,京都で真宗の学匠円智の門に入る。同10年東本願寺琢如により御堂衆に採用され,御堂給仕と真宗学研鑽に勤める。延宝8(1680)年京都西福寺に入寺,天和3(1683)年には御堂衆の職務を解かれて,講義や著述活動などに専念した。正徳5(1715)年に東本願寺学寮の初代講師に任じられたというが,この時期には講師制度はなく,学寮の講者に採用されただけとの説もある。著書は『無量寿経講義』『叢林集』など多い。<参考文献>『恵空老師行状記』,暁烏敏『恵空講師伝』,『大谷派学事史』

(草野顕之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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