日本歴史地名大系 「愛知川村」の解説
愛知川村
えちがわむら
愛知川右岸に位置し、北は
天正(一五七三―九二)末から慶長五年(一六〇〇)にかけては豊臣氏の支配下で、天正一九年四月二三日の豊臣秀吉朱印知行宛行状(土佐国蠧簡集残篇)に「愛智郡愛知川村」とみえ、愛知川村のうち一〇〇石が今枝勘右衛門尉に宛行われ、慶長三年七月の浅野長吉知行目録(浅野家文書)に「愛智川」とみえ、三八五石余が浅野長吉に宛行われた(下郷共済会文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報