愛知川村(読み)えちがわむら

日本歴史地名大系 「愛知川村」の解説

愛知川村
えちがわむら

[現在地名]愛知川町愛知川

愛知川右岸に位置し、北は長野中ながのなか村・中宿なかじゆく村、東はいち村・豊満とよみつ村、南は東円堂とうえんどう村と接する。もと神崎郡のうちであったが、明治一二年(一八七九)愛知郡に編入された。村内を中山道が縦断し、愛知川宿がある。文明二年(一四七〇)の月未詳二八日付旦那売券(熊野那智大社文書)によれば、木河正珎は「えち河観音坊」門弟引旦那職などを計二二貫文で売渡している。

天正(一五七三―九二)末から慶長五年(一六〇〇)にかけては豊臣氏の支配下で、天正一九年四月二三日の豊臣秀吉朱印知行宛行状(土佐国蠧簡集残篇)に「愛智郡愛知川村」とみえ、愛知川村のうち一〇〇石が今枝勘右衛門尉に宛行われ、慶長三年七月の浅野長吉知行目録(浅野家文書)に「愛智川」とみえ、三八五石余が浅野長吉に宛行われた(下郷共済会文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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