慶州古墳群(読み)けいしゅうこふんぐん(その他表記)Kyǒngju

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「慶州古墳群」の意味・わかりやすい解説

慶州古墳群
けいしゅうこふんぐん
Kyǒngju

韓国慶尚北道慶州市にある新羅時代の古墳群をいう。この地は新羅建国以来滅亡にいたるまでの都であった。したがって慶州市街地の内外いたるところに多数の古墳がある。特に月城の北側,路東洞,路西洞,皇吾洞,皇南洞にわたる地域には,古新羅時代の大型木槨積石塚が密集し,古新羅時代の王陵群と目される。このうち金冠塚飾履塚瑞鳳塚,銀鈴塚などは第2次世界大戦前に調査され,壺う塚 (こうづか) ,天馬塚古墳慶州 98号墳などは大戦後に調査された。いずれも多数の重要な遺物が発見されている。慶州市郊外にも多数の古墳があり,特に西岳里,忠孝里には武烈大王陵,伝金 庾信墓などをはじめ,三国統一期前後の墓があり,統一新羅以降の王陵は狼山周辺に多い。

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