手代森遺跡(読み)てしろもりいせき

日本歴史地名大系 「手代森遺跡」の解説

手代森遺跡
てしろもりいせき

[現在地名]都南村手代森

西流する大沢おおさわ川の扇状地、北上川によって形成された河岸段丘上に位置。標高約五〇メートル。本格調査は昭和五九年(一九八四)に行われ、縄文時代竪穴住居跡八棟、住居跡状遺構一棟、柱穴列一、ピット三八基、炉跡五基などを検出。竪穴住居跡は西側段丘縁に七棟、北側低地に一棟で、平面形は円形または楕円形、規模は径三―五メートルである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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