日本歴史地名大系 「手原村」の解説
手原村
てはらむら
[現在地名]栗東町手原一―八丁目
近世初期には豊臣秀吉の直轄地(前田文書)。慶長検地では高五一九石余(正徳三年「郷村高付帳」中村文書)。寛永石高帳では幕府領三七五石余・旗本竹中領七六石余・同渡辺領五八石余・同諏訪部領八石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
近世初期には豊臣秀吉の直轄地(前田文書)。慶長検地では高五一九石余(正徳三年「郷村高付帳」中村文書)。寛永石高帳では幕府領三七五石余・旗本竹中領七六石余・同渡辺領五八石余・同諏訪部領八石余。
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