清久寺(読み)せいきゆうじ

日本歴史地名大系 「清久寺」の解説

清久寺
せいきゆうじ

[現在地名]野迫川村大字北股

北股きたまた集落内にある。円明山(延命山)と号し、高野山真言宗本尊阿弥陀如来は平安後期の作。台座墨書に「本尊阿弥陀如来 文化迄凡七百有余年及也 爾時文化六己巳歳 四月二十六日ヨリ三尊再建 立仏師 大行者竜喜敬白 願主 北俣村庄屋与兵衛云々」とある。境内に田村将軍墓と伝える応永二四年(一四一七)在銘の五輪塔がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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