才津村(読み)さいづむら

日本歴史地名大系 「才津村」の解説

才津村
さいづむら

[現在地名]長岡市才津町・西津にしづ町・新産しんさん一―四丁目・希望が丘南きぼうがおかみなみ五―六丁目・北山きたやま二―三丁目・下山しもやま一―四丁目・長峰ながみね町・勘兵かんべい町・石動いするぎ

渋海しぶみ川下流左岸、下山しもやま村の西方にある。高梨たかなし(現小千谷市)の大平家所蔵の記録によると、文禄元年(一五九二)一二月に三島さんとう来迎寺らいこうじ(現越路町)の城主青木氏と同郡平沢ひらさわ(不明)の城主高梨氏の領地が上杉氏の御蔵入となったなかに「西津郷中」高二千八二九石六斗余、「元伊勢免道場免外祈願所免除之」として高一〇八石二斗余と伝える西津郷を当地とする。元和六年(一六二〇)の長岡藩知行目録に村名がみえ、高一千二四九石七斗余、ほかに高八六石三斗余の新田一ヵ所を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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