打越町(読み)うちこしちよう

日本歴史地名大系 「打越町」の解説

打越町
うちこしちよう

下京区間之町上珠数屋町下ル

南北に通る間之町あいのまち通を挟む両側町。東側は渉成園しようせいえんに接し、北側は上珠数屋町かみじゆずやまち通にも面する。

平安京条坊では左京七条四坊一保二町の南側の地。

町の形成は、寛永一八年(一六四一)以降の市街地化によるものであろう。承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図では「みこし丁」と記され、その後、「打越町」(中井家系の絵図及び宝暦一二年刊「京町鑑」・天保二年改正京町絵図細見大成など)と「みこし町」(木版系統の絵図)の二種の町名が見いだせる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む