折衷学

山川 日本史小辞典 改訂新版 「折衷学」の解説

折衷学
せっちゅうがく

江戸中期に盛んになった儒学の学派。井上金峨(きんが)が著書「経義折衷」ではじめて自覚的に提唱し,片山兼山(けんざん)がこれに続いた。ともに徂徠(そらい)学を否定的媒介としており,徂徠学の方法的影響下に形成された。学派的対立を排して,朱子・王陽明・伊藤仁斎・荻生徂徠の諸注や漢・唐の古注の諸説取捨選択し,経書の正しい解釈によって聖人真意に達しようとするところに共通した方法がみられる。折衷学には二つの方向があった。一つは井上金峨門の吉田篁墩(こうとん)や太田錦城(きんじょう)のように,経書の正しい解釈を求める考証学。もう一つは細井平洲冢田大峰(つかだたいほう)のように,直面する諸問題への有効性を基準に折衷し,実践的な経世学をめざす方向で,18世紀後半の多数派をなした。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む