コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

片山兼山 かたやまけんざん

7件 の用語解説(片山兼山の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

片山兼山
かたやまけんざん

[生]享保15(1730).上野
[没]天明2(1782)
江戸時代中期の儒学者。名は世はん,通称は東造,字は叔瑟,兼山は号。延享3 (1746) 年江戸に出て,鵜殿士寧服部南郭門に入る荻生徂徠の高弟宇佐見しん水の養子となるが,のち徂徠の説を疑い,漢,宋諸家の説をとり折衷学を開き,徂徠学を排撃した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

かたやま‐けんざん【片山兼山】

[1730~1782]江戸中期の儒学者。上野(こうずけ)の人。名は世璠。荻生徂徠(おぎゅうそらい)古文辞学を学んだが、のちこれを批判し、唐宋諸家の説を加え、折衷学を提唱した。→折衷学派

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

片山兼山【かたやまけんざん】

江戸中期の儒(折衷)学者。上野(こうずけ)の人。名は世【ばん】(せばん)。徂徠(そらい)学派の鵜殿士寧(うどのしねい)に学ぶ。のち古文辞を疑い,先秦の古義を集大成して《古文互証》を作った。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

片山兼山 かたやま-けんざん

1730-1782 江戸時代中期の儒者。
享保(きょうほう)15年生まれ。鵜殿士寧(うどの-しねい)らにまなぶ。荻生徂徠(おぎゅう-そらい)の門人宇佐美灊水(しんすい)の養子となるが,徂徠学に疑問をいだき,宇佐美家をさって独自の折衷学をとなえた。天明2年3月29日死去。53歳。上野(こうずけ)(群馬県)出身。名は世璠(せばん)。字(あざな)は叔瑟(しゅくしつ)。通称は東造。著作に「山子垂統」「古文孝経標註」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

かたやまけんざん【片山兼山】

1730‐82(享保15‐天明2)
江戸中期の儒者。折衷学派。名は世璠,字は叔瑟,通称は東造,兼山は号。上野国の農家に生まれる。17歳のとき江戸に出て徂徠学派の鵜殿士寧に学び,さらにその師服部南郭の門に入る。同門の秋山玉山の帰国に同行して熊本に赴き,藩校時習館の儒員を6年間務めた。やがて京都,大坂を経て江戸に帰り,士寧の塾に寄寓,ついで徂徠の高弟宇佐美灊水(しんすい)に見込まれてその養子となったが,のち徂徠学に疑問を抱くようになり,宇佐美家を去った。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

かたやまけんざん【片山兼山】

1730~1782) 江戸中期の儒者。上野の人。はじめ徂徠学を学んだが、のちこれを批判。古註を参照しつつ道徳実践に励む折衷学(山子学)を唱えた。著「山子垂統」ほか。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

片山兼山
かたやまけんざん
(1730―1782)

江戸中期の儒学者。折衷(せっちゅう)学派。名は世(せばん)、字(あざな)は叔瑟(しゅくしつ)、通称は東造(とうぞう)。兼山はその号。上野(こうずけ)国(群馬県)の人。江戸に出て、徂徠(そらい)学派の鵜殿士寧(うどのしねい)(1710―1774)に学び、徂徠直門の宇佐美(うさみしんすい)(1710―1776)の養子となったが、のち徂徠学に疑問を抱くようになり養家を去った。やがて中国唐宋(とうそう)諸家の説を折衷し、修辞よりも経義を重んじる一家言を打ち立て、井上金峨(いのうえきんが)と併称される折衷学の提唱者となった。「四書五経」に古注で訓点をつけた『山子点(さんしてん)』を刊行して世に知られ、その学問は「山子学」とよばれた。晩年、尾張(おわり)藩の『群書治要』校刻に関与した。『山子垂統』(1775)『山子遺文』『学庸解廃疾(がくようかいはいしつ)』『古文孝経標注』『論語一貫』など多数の著作がある。[衣笠安喜]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

片山兼山の関連キーワード入江正雄植村棋園荻生青山小倉無邪倉光亀峰竹内長水長万年滕元鳳二階堂慎叟丹羽雲気

今日のキーワード

大統領補佐官

各種政策の立案その他に関し,側近として大統領に助言する役職だが,実質上はブレーン,顧問として多面的な役割を担う。憲法で定められた唯一の行政責任者である合衆国大統領は,強大な権力を持つにもかかわらず,議...

続きを読む

コトバンク for iPhone