押上郷(読み)おしあげごう

日本歴史地名大系 「押上郷」の解説

押上郷
おしあげごう

建久四年(一一九三)三月の尼禅妙家地売券(香川県金刀比羅宮所蔵文書)に「在東大寺国分里押上河北辺奥」、延応元年(一二三九)三月の僧恵玄家地売券(東大寺文書)にも「東大寺国分郷押上辻子之内南辺」とある。東大寺の国分こくぶ門があったので、古くは押上町付近を国分里・国分郷ともいったことがわかる。明徳二年(一三九一)一二月一七日の東大寺文書によると、東大寺七郷の一つである押上郷はこの頃東大寺中御門(焼門)まで及んでいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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