祭礼に際して,神輿とは別に,人形,花などの風流(ふりゆう)(装飾)を凝らして,ひいたり担いだりする屋台の総称。柳田国男のいう〈見せる祭り〉を構成する中心的な装置となっている。京都祇園祭(ぎおんまつり)の山鉾は,その代表的なものである。ほかに,だんじり,曳山(ひきやま),山笠(やまがさ),太鼓台(たいこだい)など,時代や地方によって名称や形態は多様である。とくに都市の祭礼に付随して発展し,祇園祭はもとより,大坂の天神祭(てんじんまつり),江戸の神田祭(かんだまつり)など,大都市を代表する祭礼は,例外なく,大量の山車をともなうものであった。
〈だし〉といういいかたは,屋台から高く掲げられた飾りを指すものと考えられるが,異説もあって,定かでない。ただ〈山車〉という当て字は,祭りの場に神霊を招くために設置された〈作り山〉に由来するものであろうことは,ほぼまちがいがない。その起源は,平安時代の京都の諸祭礼にさかのぼる。すなわち《本朝世紀》には,998年(長徳4)の祇園会に,無骨という雑芸人が大嘗会(だいじようえ)の標山(しめやま)に似せたものを作って社頭に渡したことを記している。大嘗会の標山というのは,大嘗会のとき,庭上に設けられる2基の作り山のことであり,そこにはさまざまの祥瑞(しようずい)を表す意匠が施されていたというから,これをまねた無骨の作り物を,祭礼山車の古いかたちとみることができる。また1013年(長和2)の祇園会には〈散楽空車〉,つまり散楽(さんがく)を演じるための屋根のない車が登場する。さらに同時期の加茂社祭礼には,多くの装飾を施した〈風流車〉〈笠車〉が出ており,当時の記録から,それらが著しく豪華をきわめたものであったことも知られる。これら各種の〈車〉の出現は,本来,神の住む聖地である山のかたちをなぞらえた〈作り山〉が,平安京の祭礼のなかで華麗な風流の練りものに変質していく過程をうかがわせて十分であった。
もっとも,祇園祭に山鉾と呼ばれる山車が恒例となるのは,南北朝期以降のことであり,室町時代になると,祇園社の氏子圏を構成する各町が,財力にまかせ,競って故事にちなんだ趣向の山を作るようになり,その影響は稲荷社の祭礼にも及んだ。また,近世に近づくと,地方の都市でもこれをまねるところがあり,やがて一部の農村にも波及した。さらに18世紀中期には,土地ごとに独自の山車が創出されるにいたる。その形態は,山型,屋台(やたい)型,舟型,灯籠(とうろう)型などに大別され,かつ台上で歌舞伎やからくりを行うもの,音曲やお囃子(はやし)に重点を置くもの,人形を飾るもの,巨大な造型を誇るもの等々,豊かなバリエーションを生み出した。さらに山車同士を激しく衝突させたり,アクロバティックな操法を競う祭礼も少なくなかった。今日,山車の形態別の分布をみると,たとえば近江長浜を中心とする曳山の分布,名古屋を中心とするからくり屋台の広がり,瀬戸内海沿岸の太鼓台の伝播のように,おのずから一種の地方文化圏の形成を読みとることができるのであって,山車をともなう祭礼の形成が地域文化の成熟と軌を一にしていたことが理解される。また,山車の製作にかかわる地方の工芸職人の技術の向上にも看過できないものがあって,その伝統は現在にも継承されている。以上の意味あいからすると,現在残存する山車は,近世の都市祭礼の歴史的遺産と規定して大きな誤りはない。近代にはいって,電線などの障害があって,どちらかというと小型化を余儀なくされ,巨大な山車は少なくなった。博多の山笠のように,飾山とかき山を別にしたところもあったほどである。しかし,都市化が進行した現代,伝統的な祭礼が急速に消滅・衰退していくなかで,なお山車の出る祭礼は,おおぜいの観衆を集めて活発に行われており,各都市の観光資源ともなっている。これも山車がそもそも都市的な環境で育成されたことの結果と考えられる。
→屋台
執筆者:守屋 毅
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祭礼に出る練り物の屋台。山、鉾(ほこ)、人形などで飾りたてて、これを大ぜいで担ぐか車に乗せて引く。ダシは「出しもの」の義で、祭りに招き寄せる神の依代(よりしろ)(神座(かみくら))として、屋台の中心に突き出した飾りの名に由来する。山、鉾、屋台、だんじりなどの作り物も同じ意味のものである。その古い姿は平安時代の文献にみえる大嘗祭(だいじょうさい)の標山(しめやま)にみられる。標山とは、神の標めた(占有・領有した)山という意味で、神を標山に招き寄せて、神泉苑(えん)から宮中の祭場まで引いてくる。この移動式神座の形式は、中世になると風流(ふりゅう)化され、京都八坂(やさか)神社の祇園(ぎおん)祭の山鉾のように風流の飾り物を美しく仕立て華美になった。近世になると祇園祭の山鉾をモデルとした山車が地方都市に普及し、全国的に行われるようになった。その名称、形態はさまざまであるが、東日本では山車、屋台などとよび、西日本では笠(かさ)鉾、山笠、山鉾、楽車(だんじり)(車楽、地車、壇尻、段尻とも書く)、曳山(ひきやま)などとよぶことが多い。これらは笛、太鼓、鉦(かね)の祭囃子(ばやし)を奏するが、山車の上でからくり人形、歌舞伎(かぶき)芝居、舞踊を演じる所もある。山車、屋台の出る祭礼では、京都祇園祭、飛騨(ひだ)高山祭、近江(おうみ)長浜曳山祭、博多(はかた)祇園祭、秩父(ちちぶ)夜祭などが有名である。
[渡辺伸夫]
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出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報
…屋体とも書く。祭礼の引きものには山車(だし),山,鉾(ほこ),地車(だんじり)等があり,これらを総称して屋台ともいう。山車や山,鉾には来臨する神の目印として柱を高くかかげるといい,地車の類には屋形だけで柱がない。…
※「山車」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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