押場村(読み)おしばむら

日本歴史地名大系 「押場村」の解説

押場村
おしばむら

[現在地名]利賀村押場

北大豆谷きたおおまめだに村の北、北は草嶺倉そうれいぐら村へ二六町(村々道程駄賃付「十村宅左衛門覚書」寿川区有文書)北東たか峰が迫る。西は真下に利賀川が流れる。周りが山林の緩傾斜地に立地。正保郷帳に村名がみえ高三〇石余、畑方のみで二町余。高は幕末まで変化なし。明暦二年(一六五六)の免四ツ八歩二厘、同年以後、納所金子六両一匁六分余・塩硝役金子一匁九分余・手上金子一匁三分余、蝋・漆・蓑・紙役金子一匁七分余、計七両二匁三分余を課せられており、この代銀三五〇匁を夏成・冬成の両度に納めた(天保一〇年「草高免付百姓数品々帳」利賀村公民館蔵)。家数は寛文期(一六六一―七三)は七(「五ヶ山廻帳」加越能文庫)、宝暦九年(一七五九)は四(「後見要集」鉢蝋家文書)、慶応三年(一八六七)は一〇(「村々草高家数帳」生田家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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