押小路京極堂跡(読み)おしこうじきようごくどうあと

日本歴史地名大系 「押小路京極堂跡」の解説

押小路京極堂跡
おしこうじきようごくどうあと

百錬抄」万治二年(一六五九)二月一六日条に、「内大臣(通親)室供養押小路京極堂、上皇密々有御幸、御馬一疋、御牛一頭、被引導師云々」とみえ、内大臣久我通親の妻が帰依した御堂である。「天台座主記」巻二の長寛二年(一一六四)一一月五日に「於押小路京極壇所宣命云々」とあるのもこの堂のことかと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 変遷 山本

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む