押小路京極堂跡(読み)おしこうじきようごくどうあと

日本歴史地名大系 「押小路京極堂跡」の解説

押小路京極堂跡
おしこうじきようごくどうあと

百錬抄」万治二年(一六五九)二月一六日条に、「内大臣(通親)室供養押小路京極堂、上皇密々有御幸、御馬一疋、御牛一頭、被引導師云々」とみえ、内大臣久我通親の妻が帰依した御堂である。「天台座主記」巻二の長寛二年(一一六四)一一月五日に「於押小路京極壇所宣命云々」とあるのもこの堂のことかと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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