拾壱丁目下半町(読み)じゆういつちようめしもはんちよう

日本歴史地名大系 「拾壱丁目下半町」の解説

拾壱丁目下半町
じゆういつちようめしもはんちよう

[現在地名]北区西天満(にしてんま)二丁目・同四丁目

拾壱丁目の西にあり、東西に延びる両側町と堂島(どうじま)川に南面する片側町。明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図に「十一丁目下」とみえ、その南側は堂島川の浜まで鍋島信濃守と記される。これは肥前佐賀藩の蔵屋敷で、幕末まで続いた。大坂三郷天満組に属し、元禄一三年(一七〇〇)の三郷水帳寄帳では屋敷数三・役数三五役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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