拾壱丁目(読み)じゆういつちようめ

日本歴史地名大系 「拾壱丁目」の解説

拾壱丁目
じゆういつちようめ

[現在地名]北区西天満(にしてんま)一―二丁目

樋之上(ひのうえ)町の西に延びる三筋の両側町で、天満十一丁目ともいう。南は大川北岸。明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図では樋之上町の町域まで含め十一丁目と記されるが、のち二町に分れ(初発言上候帳面写)、元禄年間(一六八八―一七〇四)の大坂三郷町絵図では西側が拾壱丁目とされる。もと大坂三郷北組に属したが、延宝(一六七三―八一)頃天満組に編入された(大阪市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む