挽路町(読み)ひきじちよう

日本歴史地名大系 「挽路町」の解説

挽路町
ひきじちよう

[現在地名]宇都宮市大寛だいかん二丁目・西にし二丁目

南北に走る日光街道筋の町人町で、北は材木ざいもく町、南は茂破もやぶり町に続く。東は郭内すじ、西は代官だいかん町の武家屋敷地。町名轆轤挽の家が数軒あったためとも、元和六年(一六二〇)本多正純が日光街道の造成のため、奥州街道を城の東から城下西に移した時に、道路を西側に引いて町づくりをしたため引路町としたともいう。松平忠弘時代の城下図(東大史料編纂所蔵)引地町とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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