支倉渡戸(読み)はせくらわたど

日本歴史地名大系 「支倉渡戸」の解説

支倉渡戸
はせくらわたど

支倉町の南裏にあった渡しで、橋渡しによる。現在の澱(よどみ)橋の下流、支倉通南端の広瀬川の崖から下り坂があり、当橋渡しを用いると川内(かわうち)に入るという、城と城下西部を結ぶ重要な渡しであった。延宝城下絵図に支倉橋がみえ、広瀬川の中洲に大小二つの橋が架けてあった。大橋は長さ三〇間、小橋は長さ八、九間ほどあった(仙台鹿の子)。この橋は元禄七年(一六九四)の大洪水で流失したため、同八年上流に長さ六三間、幅三間半の澱橋ができた(残月台本荒萩)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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