教徳寺(読み)きようとくじ

日本歴史地名大系 「教徳寺」の解説

教徳寺
きようとくじ

[現在地名]岐阜市西改田村前

護法山と号し、浄土真宗本願寺派。本尊阿弥陀如来。寺伝によれば、大和国宇陀うだ郡に行基によって開かれた教徳寺が焼亡したため、当地の山田隆善を頼って再建されたといい、文明三年(一四七一)真宗に転じたという。石山合戦に参戦して戦功を立てたと伝える。文禄三年(一五九四)加藤貞泰黒野くろの城主となった折、築城が終わるまでの三年間、当寺に仮居したといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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