教皇党(読み)きょうこうとう(その他表記)Guelf

旺文社世界史事典 三訂版 「教皇党」の解説

教皇党
きょうこうとう
Guelf

教皇皇帝争いで活躍したイタリア教皇派名称ゲルフともいう
12〜13世紀に激しくなったローマ教皇と神聖ローマ皇帝のシュタウフェン朝に反目するドイツのウェルフ(ゲルフ)家が中心となって結成されたが,のちイタリアの諸都市の商工業者がその中核となった。フィレンツェは,教皇党の中心都市として躍進した。おおむね教皇党には新興市民が,対立する皇帝党ギベリン)には上流階級(貴族・領主)が多い。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む