数原通玄拝領町屋敷(読み)すはらつうげんはいりようまちやしき

日本歴史地名大系 「数原通玄拝領町屋敷」の解説

数原通玄拝領町屋敷
すはらつうげんはいりようまちやしき

[現在地名]千代田区鍛冶町かじちよう一丁目

町会所付まちがいしよつき請負地の北に位置し、竜閑りゆうかん橋から北に向かう道筋の東側に沿う。東は宝生金五郎ほうしようきんごろう拝借地、西は鎌倉かまくら町、北は板谷桂舟いたやけいしゆう拝領町屋敷。当地は江戸時代前期以来の町地であったが、享保年間(一七一六―三六)には火除明地として収公されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む