斎藤多須久(読み)さいとう たすく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤多須久」の解説

斎藤多須久 さいとう-たすく

1835-1893 幕末-明治時代の神職,医師。
天保(てんぽう)6年8月17日生まれ。権田直助(ごんだ-なおすけ)に師事。のち京都で医学をまなび,藤本鉄石らとも交遊。維新後は故郷群馬県で医業のかたわら葬祭の神式化運動を指導。前橋八幡宮祠官(しかん),貫前(ぬきさき)神社禰宜(ねぎ)となった。明治26年8月16日死去。59歳。名は佳比。通称は別に伊太郎,寛之助。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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