新在家町浜(読み)しんざいけちようはま

日本歴史地名大系 「新在家町浜」の解説

新在家町浜
しんざいけちようはま

[現在地名]堺市新在家しんざいけ西にし二―四丁

新在家町中浜なかはまの西から海岸部に至る町。元禄二年(一六八九)堺大絵図によると、大浜おおはま筋の西に海岸まで五筋の南北方向の通りがあり、大浜筋とその一筋西に面した地は比較的広い宅地割がなされているが、それ以西は極端な過密地となっている。宅地は二七一筆で町会所は大浜筋西一筋目中央付近にある。大浜筋には東に南通なんつう寺、西に明現みようげん寺・教蓮きようれん寺が記される。また臨海北端祥雲しよううん寺祠堂掛屋敷南端に久吉左衛門掛屋敷があり、その先に浜通りを隔てて一〇間五尺が延ばされて四屋敷が区切られて加筆されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む