新天満町(読み)しんてんまちよう

日本歴史地名大系 「新天満町」の解説

新天満町
しんてんまちよう

[現在地名]西区靭本うつぼほん町一丁目

瀬戸物せともの町の西にあり、新天満橋の通りに沿って東西に延びる両側町。町域西端部の南は永代えいたい浜。町名は明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図にみえる。いわゆる靭三町(新天満町・新靭町・海部堀町)の一町で、塩干魚商人が集住していた。当地はもと「津村の葭島」とよばれていたが、元和八年(一六二二)淀屋个庵・鳥羽屋彦七らが町奉行に願出て開発し、北船場きたせんばの天満町(のちの本天満町、現東区)から塩干魚商人が移住して町を形成した(塩魚干鰯問屋由緒書「大阪市史」所収)。塩干魚・干貝・海藻類を扱う相物屋が集住した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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