新小川町一丁目(読み)しんおがわちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「新小川町一丁目」の解説

新小川町一丁目
しんおがわちよういつちようめ

[現在地名]新宿区新小川町

明治五年(一八七二)江戸川の下流部右岸一帯、なかノ橋付近から隆慶りゆうけい(竜慶橋)付近までの旧武家地を合せて新小川町とし、一―三丁目に割って成立した。新小川町一帯は万治年間(一六五八―六一)の神田川開削の際に埋立てて出来た地に、小川町(現千代田区)武家屋敷の一部を移したことから、以後俗称として新小川町とよばれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む