新屋駅場(読み)あらやえきば

日本歴史地名大系 「新屋駅場」の解説

新屋駅場
あらやえきば

[現在地名]秋田市新屋

天和元年(一六八一)の領中大小道程帳(秋田県庁蔵)によれば、由利街道の宿駅が新屋にあった。新屋は久保田くぼた城下と由利諸藩を結ぶ位置にあり、馬や人足を提供した。寛延四年(一七五一)には家数四七二軒のうち伝馬屋敷は一〇五軒。享保一六年(一七三一)の伝馬高は当高四一四石二斗四升八合のうち一四四石を占める(羽後民政資料)。享保一四年津軽藩の阿部友之進が江戸へ上るため人馬御用の触れがあり、馬七〇匹、夫三〇〇人を求められ、新屋より馬四〇匹、人足一五〇人、不足分は近郷浜田はまだ村・石田坂いしだざか村の助郷となったが実際には不用となった(同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 久保田 定宿 商人

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む