新楮町(読み)しんこうじまち

日本歴史地名大系 「新楮町」の解説

新楮町
しんこうじまち

[現在地名]弘前市新楮町

城の南東に位置し、こうじ町の南東側、小比内さんぴない村へ向かう道筋町並

国日記宝永五年(一七〇八)一〇月二一日条によれば、郡奉行・町奉行・勘定奉行により、楮新田こうじしんでん町の後に乞食居所設置が計画、実行されており、この時点で町が成立したと考えられる。翌六年五月五日条では、町内への移住を促進するため、乞食頭に五俵、癩病者に三俵の米を与え、また古材木を屋根葺用に給した。宝暦六年(一七五六)の楮町支配町屋鋪改大帳(市立弘前図書館蔵)に新楮町とあり、一八軒の町屋がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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