新肴町(読み)しんさかなまち

日本歴史地名大系 「新肴町」の解説

新肴町
しんさかなまち

[現在地名]中央区銀座(ぎんざ)三丁目

弓(ゆみ)町の南に続き、東は休伯(きゆうはく)屋敷・新両替(しんりようがえ)町三丁目・鎗屋(やりや)町、南は弥左衛門(やざえもん)町、西は西紺屋(にしこんや)町。南北に続く両側町。うち町と俗称される(御府内備考)。往古は弥左衛門町とともにのちの八重洲(やえす)河岸(現千代田区)の地にあって老月(ろうげつ)村といい、当時は海浜で漁師が多く住していたが、慶長年中(一五九六―一六一五)に町地となって内町と称した。内町は寛永五年(一六二八)に御用地となって代地を外堀外のこの地に給された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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