新谷陣屋町(読み)にいやじんやまち

日本歴史地名大系 「新谷陣屋町」の解説

新谷陣屋町
にいやじんやまち

[現在地名]大洲市新谷町

大洲盆地の東北部にあり、新谷藩陣屋が置かれた町。

大洲初代藩主加藤貞泰の遺領六万石のうち一万石の内分幕府から公認された次男直泰が、寛永一九年(一六四二)在所を大洲城より約八キロ隔たった喜多きた上新谷かみにいや村と定め、村内に陣屋と三一軒の侍屋敷を設けた。以後廃藩まで九代二三〇年間にわたって新谷藩領一万石の藩府であった。

元文五年(一七四〇)の「大洲秘録」によれば、侍屋敷の家数は徒士小姓以上のもの八三軒にも及んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む