新通川越町(読み)しんとおりかわごしちよう

日本歴史地名大系 「新通川越町」の解説

新通川越町
しんとおりかわごしちよう

[現在地名]静岡市新通二丁目・川越町

新通七丁目から続く城下横筋(横町)第七行の両側町。新通七丁目から続く東海道は西の有渡(うど)郡弥勒(みろく)町に至る(以上、町方絵図)。慶長(一五九六―一六一五)の町割の際、大鋸(おおが)町の木挽の一部が当地に移住したため、新通大鋸町ともいう(駿河記)。川原(かわら)町とも通称され、本通川越(ほんとおりかわごし)町・堤添川越(つつみぞいかわごし)町とともに三川越町と称される(駿河志料)。下横田(しもよこた)町の東見付に対して西見付が設置されていた。貞享三年(一六八六)の時之鐘鋳直集銭帳(県立中央図書館所蔵文書)によると、家数は丁頭家一・本家四五・借家一〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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