新銭町(読み)しんせんまち

日本歴史地名大系 「新銭町」の解説

新銭町
しんせんまち

[現在地名]豊橋市花園はなぞの

くだリ町の南に続く。吉田二四ヵ町に属さない。領主水野忠清の代の寛永一四年(一六三七)八月に、水戸・仙台・松本・高田長門備前・豊後中川内膳領内とともに吉田において寛永通宝鋳造の命を受け(憲教類典抄)、白山権現社境内に銭座が設けられた。同年より同一七年八月までの満三ヵ年鋳造が行われた。また、寛政七年(一七九五)刊岡田挺之の「秉穂録」に「三州吉田の城下に、新銭町とよぶ所あり。吉田駒といふ銭を鋳たる故に名づくといふ。今其地の人、此銭の型を家蔵す」とある吉田駒は、吉田駒引と称する絵銭の種類である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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