新鷹巣村(読み)しんたかのすむら

日本歴史地名大系 「新鷹巣村」の解説

新鷹巣村
しんたかのすむら

[現在地名]大石田町鷹巣(たかのす)

寛政一〇年(一七九八)幕府領鷹巣村より分村して成立。村高一千一七五石余(北村山郡史)。文政五年(一六二二)の長瀞御役所日記(奥山文書)に「鷹巣村先年出入以来、居村者勿論出作村々迄両組ニ相成、組頭・百姓代も双方ニ相立」とあり、村方騒動で村が二組に分れ、名主は長瀞(ながとろ)村(現東根市)名主塩野小四郎が兼帯であった。長瀞役所の根本立之助・根本雄右衛門は江戸藩庁の大崎七郎左衛門に「一、鷹巣村二組と相成候已来、年増困窮ニおよひ難渋之処、此度双方申談、一体ニ相成度趣ニ候得共、(中略)村方借金双方ニ而六、七十両程有之」「此度籾代・国役等も実者取立兼、春延ニ相成候分も有之、扨々混雑之事ニ而御座候」といい、元どおりになるために拝借金二〇両を願っている(同日記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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