日三市鉱山(読み)ひさいちこうざん

日本歴史地名大系 「日三市鉱山」の解説

日三市鉱山
ひさいちこうざん

[現在地名]角館町山谷川崎

荒川あらかわ鉱山の東方二里、角館かくだて町の北方二里半、入見内いりみない川支流の日三市川に沿った地にある。

開坑は天正年間(一五七三―九二)住吉庄兵衛によると伝え、近世は銅が主で銀・鉛も産出、受山と藩の直山とが度々代わった。

明治一三年(一八八〇)瀬川安五郎の経営となり、同二九年三菱合資会社に移り、明治末期から大正三年(一九一四)にかけて活況を呈したが、しだいに産出も減少し、同六年、一二年の坑内火災、同年の鉱山街の火災により、住宅の三分の二、三〇〇戸が焼失し休山した(荒川鉱山誌、秋田県鉱山誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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