日吉庄(読み)ひえのしよう

日本歴史地名大系 「日吉庄」の解説

日吉庄
ひえのしよう

現東成区の中道(なかみち)付近にあった近江日吉神社の庄園。鎌倉中期のものと推定される日吉社領注進(日吉神社文書)に「摂津国中道内日吉庄」とみえ、元応元年(一三一九)一〇月に至るまでの当庄の状況を次のように記している。当庄は嘉応年間(一一六九―七一)以来日吉神社の庄園で、一年に八度行われる同社の御戸開き神事の内陣御供を負担する料所として、権禰宜行世が知行人(領家)となり雑掌に支配させてきた。ところが、承久の乱後、薬田孫次郎性多なる者が当庄の地頭だと称して濫妨するに至った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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