日向国図田帳(読み)ひゆうがのくにずでんちよう

日本歴史地名大系 「日向国図田帳」の解説

日向国図田帳(建久図田帳)
ひゆうがのくにずでんちよう

写本 東京大学史料編纂所・鹿児島大学附属図書館玉里文庫など

解説 鎌倉幕府の全国支配政策の一環として、建久八年に一国単位の庄園・国衙領の内容を書上げたもの。応永二八年に大隅正八幡宮に保存されていた日向大隅・薩摩国図田帳が書写され、島津家文書として伝来した。豊前宇佐宮領・島津庄・八条女院領国富庄など鎌倉初頭の庄園の規模と知行した人物が日向一国単位で判明する点で貴重。なお島津家本図田帳とは別に、鹿児島郡司から日向国島津庄南郷弁済使などの職に補任された長谷場氏伝来の図田帳がある。長谷場本は南北朝期の在地支配の変化に対応した付加記事があり、田数などの変化を知るうえで貴重である。

活字本大日本古文書」家わけ第一六(島津家文書一)・「改訂史籍集覧」二七・「宮崎県史」史料編中世2

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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