日和佐郷学校跡(読み)ひわさごうがつこうあと

日本歴史地名大系 「日和佐郷学校跡」の解説

日和佐郷学校跡
ひわさごうがつこうあと

[現在地名]日和佐町日和佐浦

江戸時代、徳島藩が開設した学校の跡。弘化三年(一八四六)在郷の下級武士の子弟の教育を目的として、郡代の高木真蔵が創立を推進したとされる。高木は勧学を説き、諸役人のみならず農工商の者にも門戸を開き、日和佐、大里おおざと(現海南町)で教授を行うが、師匠が巡回して逗留する家は然るべき家を借りて行うとされており(「文道之修行相勤候趣意書」御大典記念民政資料)、当初は常設学舎ではなかったようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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