日影門外小路(読み)ひかげもんそとこうじ

日本歴史地名大系 「日影門外小路」の解説

日影門外小路
ひかげもんそとこうじ

[現在地名]盛岡市中央通(ちゆうおうどおり)一丁目など

盛岡城内丸の西に位置する日影門の外側の南北三町ほどの侍町(盛岡砂子)。内丸に次ぐ上級家臣の屋敷地であったという。北は八日(ようか)町・四ッ家(よっや)町、東は外堀、西は当町の一部の日影門外裏小路を隔て遠曲輪の堀に接する。元文城下図には侍町の三戸(さんのへ)丁と記される。「盛岡砂子」などによれば、文化九年(一八一二)田(た)町が三戸町と改称され、三戸町の重複を避けるために当町を日影門外小路と改称したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む