日本橋一丁目(読み)につぽんばしいつちようめ

日本歴史地名大系 「日本橋一丁目」の解説

日本橋一丁目
につぽんばしいつちようめ

[現在地名]南区日本橋一丁目

紀州街道に続く道の両側町で、道頓堀立慶どうとんぼりりゆうけい町の南にある。寛政五年(一七九三)まではなが町一丁目と称した(浪速区の→長町。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数一二・役数一五役で、うち年寄分一役が無役。年寄は塩屋庄左衛門。石丸定次が町奉行在職中に所限りの株として一三軒の木賃宿が許された(比田氏諸留写)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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