日比宇村(読み)ひびうむら

日本歴史地名大系 「日比宇村」の解説

日比宇村
ひびうむら

[現在地名]氷上町日比宇

西端を佐治さじ(加古川)が流れ、南は山陰道で伊佐口いさくち村に通じ、東は五台ごだい山。「丹波志」は北の鴨内かもうち村の枝村とする。寛永五年(一六二八)幕府領、天和二年(一六八二)旗本水野家(享保一〇年安房北条藩、文政一〇年上総鶴牧藩)領となり(鶴牧藩大概帳など)、幕末に至る。正保郷帳に村名がみえ田高二四石余・畠高三五石、芝山あり、日損所・水損所あり。天保郷帳では高七四石余。前掲大概帳によると家数三〇(うち寺一)・人数一七九、牛七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む