日理村(読み)ひずちむら

日本歴史地名大系 「日理村」の解説

日理村
ひずちむら

[現在地名]八東町重枝(しげえだ)

徳丸(とくまる)村の東方、八東川北岸に位置し、若桜(わかさ)往来が通る。古代の八上(やかみ)郡曰理(わたり)郷(和名抄)の遺称地とする説(因幡志)もあるが不詳。享保元年(一七一六)の郷村高辻帳は「古ハ日土村」とし、「ヒヅチ」の訓を付す。元禄一四年(一七〇一)の変地其外相改目録(県立博物館蔵)に正保郷帳・正保国絵図に誤って日土村としたが、元禄郷帳・元禄国絵図では日理村に正したとあるので、ヒズチの訓は日土の表記に引かれて生じたものと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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