明智越(読み)あけちごえ

日本歴史地名大系 「明智越」の解説

明智越
あけちごえ

保津(ほづ)より北東の山城国水尾(みずお)村(現京都市右京区)に至る愛宕谷(あたごだに)川沿いの道の南、峰伝いの別道である。

しばしば文献にみえる唐櫃(からと)越と混同され、「雍州府志」に明智光秀が天正一〇年(一五八二)六月二日本能(ほんのう)寺(現京都市中京区)を攻めるにあたって、単騎この道を桂川辺に出たと記されているが、これは唐櫃越のことであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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