明神山(読み)みようじんやま

日本歴史地名大系 「明神山」の解説

明神山
みようじんやま

浦底(うらそこ)の対岸、三〇〇メートル隔てて長さ二キロ、幅五〇〇メートルの半島をなし、先端の明神崎から数百メートル隔てて水島(みずしま)がある。半島の付根に猪(いの)ヶ池があり、浦底・色(いろ)ヶ浜(はま)の共有地である。明治一四年(一八八一)の浦底浦地誌取調帳(浦底区有文書)に「高サ海面ヲ抜クコト凡四十弐丈、周廻壱里五町、浦ノ東北海上ニ斗(突)出スル処ニアリテ孤立ス、居村ヨリ海湾ヲ隔テヽ相対ス、本浦(浦底)ト色浜浦ノ立会山ニシテ樹木生セス、僅カニ雑木小柴ヲ生ス而已、渓水出デス樵路ナラズ」と記す。

天正一八年(一五九〇)二月六日付赤崎月木左衛門二郎山請証文(色ヶ浜区有文書)に「樫曲衛門殿・出口右近四郎殿御あつかいニ付おろし候、然ハ如指出毎年米三斗ツヽはかり可申候、(中略)毎年正月四日ニ御礼ニ参可申候」とあり、東(ひがし)浦の赤崎(あかざき)衆に米三斗で塩木山におろしているが、この島山の所属をめぐって寛永一五年(一六三八)・一六年色浜・浦底両浦は争っている(「嶋山等ニ付色浜願書写」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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