明賀村(読み)あすがむら

日本歴史地名大系 「明賀村」の解説

明賀村
あすがむら

[現在地名]旭町明賀

矢作川の支流介木けんぎ川に注ぐ明賀川の水源に位置し、東は余平よだいら村枝郷間野まの太田おおだ村、南は源重げんじゆう村・九沢くざわ村、西は白石しろいし村、北は小渡おど村に接する。集落は谷地形の山麓点在。縄文時代晩期のホンゴ遺跡、同時期不詳の井戸洞いどぼら遺跡がある。いずれも山麓の傾斜地に立地。

寛永一二年(一六三五)当時、成瀬伊豆守領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む