春哉村(読み)はるかなむら

日本歴史地名大系 「春哉村」の解説

春哉村
はるかなむら

[現在地名]三日月町春哉

乃井野のいの村の北に位置し、志文しぶみ川が大きく屈曲する地点の右岸段丘上に本集落があり、後背地および対岸は標高三〇〇メートル級の山地である。慶長国絵図に「はるかの」とみえる。江戸期の領主の変遷は細月みかづき村に同じ。正保郷帳では田方一一四石余・畠方四八石余、芝山有、小松はへ有と注記される。元禄郷帳では高一七四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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