是宗村(読み)こりむねむら

日本歴史地名大系 「是宗村」の解説

是宗村
こりむねむら

[現在地名]奈義町滝本(たきもと)

沢東(さわひがし)村・沢西村の南西、那岐(なぎ)山の南麓に位置し、西は近藤(こんどう)村、南は広岡(ひろおか)村。名義(なぎ)川の上流是宗川が流れる。保元・平治の乱の頃近藤武者是宗が当地に流れ着き、近藤村・是宗村の村名の由来になったという(東作誌)。正保郷帳に村名がみえ、田二三四石余・畑三六石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では改出高五四石余・開高五石余、村位は下。美作国郡村高并戸数里程事(武家聞伝記)によれば、延宝(一六七三―八一)頃と考えられる戸数三一(うち北から下三・沢田五・そは藤六・高あせ二など)、延宝四年からは津山藩主の弟森長俊領。元禄二年の鉄砲改帳(弓斎叢書)では用心鉄砲二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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