是長村(読み)これながむら

日本歴史地名大系 「是長村」の解説

是長村
これながむら

[現在地名]沖美町是長

西能美(にしのうみ)島の西部、宇根(うね)山西麓にあり、北は高祖(こうそ)、東は三吉(みよし)、東南は畑(はた)の各村に接し、西は瀬戸内海に面する。大部分を山地が占め、東南部にわずかに開けた平地と丘陵緩斜面に集落が展開する。

元和五年(一六一九)の安芸国知行帳では「のふミ島にし」に含まれる。広島藩蔵入地。寛永一五年(一六三八)の地詰では「沖浦」として取扱われた。村名は寛文一〇年(一六七〇)の家人牛改帳にみえ、正徳二年(一七一二)の「所務役人頭庄屋郡邑受方記」に高一三七・九石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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