時沢村(読み)ときざわむら

日本歴史地名大系 「時沢村」の解説

時沢村
ときざわむら

[現在地名]高畠町時沢

竹森たけのもり村の北にあり、泥炭湿地大谷地おおやち東端大師森だいしもり(五八一・三メートル)南麓の緩斜面に立地。この山の東斜面に中石器時代から歴史時代にわたる火箱岩ひばこいわ洞窟遺跡がある。同南斜面中腹には安然(安念)大師の霊窟といわれる岩窟があり、石棺が納められ参詣者が多い。

天正一三年(一五八五)の北条段銭帳に「北条之内、ときさハ三百苅役ニ、七十五文請取申候」とあり、納入者は「ときさハ八郎衛門」である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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