晒川(読み)さらしがわ

日本歴史地名大系 「晒川」の解説

晒川
さらしがわ

市街地南東方、八箇はつか地内の山中から発して北西流し、市街地の東側に沿って流れ、信濃川支流の川に合流する小流。十日町が縮布の取扱で繁栄を極めた近世中・後期に、縮布の晒場となった。縮布晒は雪にさらすのが本来の仕法であった。しかし縮生産が盛んとなり、また融雪後出回る縮布は雪上にさらしきれず、夏晒が行われるようになった。この川は町場に最も近く清流で水量も適度で、夏晒の適地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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