日本大百科全書(ニッポニカ) 「智厳」の意味・わかりやすい解説
智厳
ちごん
生没年不詳。中国東晋(とうしん)代の訳経僧。西涼(甘粛(かんしゅく)省)の出身。若くして出家し、法を求めて西域(せいいき)に旅し、罽賓(けいひん)(カシミール)においてブッダセーナ(仏駄先(ぶっだせん))から禅を学び、3年ののちブッダバドラ(仏陀跋陀羅(ぶっだばっだら))を請じて帰国した。のち、山東の精舎(しょうじゃ)にとどまり、坐禅(ざぜん)と誦経(じゅきょう)を事としたが、416年(義煕12)ころ、長安を征服した劉裕(りゅうゆう)(後の宋(そう)の武帝)に従って建康(けんこう)(南京(ナンキン))に行き、始興(しこう)寺、ついで枳園(きおん)寺に住した。427年(元嘉4)には宝雲(ほううん)(375?―449)とともに『普曜経(ふようきょう)』8巻、『広博厳浄経(こうはくごんじょうきょう)』4巻など14部36巻を訳出している。のち、ふたたびインドに赴き、帰路罽賓で没した。78歳であったという。
[木村清孝 2017年3月21日]